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浪人したのでブログ始めてみた。特に後悔はしていない

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2008-06-26-Thu 00:11:14 │EDIT
こちらのブログの更新が停滞気味だ。どうでも良いことはmixiに書いているのだが(と言っても頻度はそこまで高くない)、こうしてみると自分がどれだけどうでも良いことしか考えていないかがわかる。
前回は秋葉原で起きた事件の事を書いたが、それからもう(まだ)二週間だと思うと、時の経つ速さがわかる。
と、書いて気づいたのだが、しかしまだ二週間、意外と経っていないものだ。

先週一週間はあっという間に過ぎ去った感じがした。そしてもう今週も水曜日だ。明日は木曜日、それが終われば次が金曜日。するともう土曜日になる。至極当たり前のことを言っているのだが、そう考えると一週間が非情に短い。まあ、とにかく
先週は一瞬で過ぎたように感じたのだが、大昔のように思える前回の更新からまだ二週間しか経っていない。これは僕の個人的な感覚なので表現が難しいのだが、どういうことなのか。

①二週間を過ごしているとき、それらが終わるのは非常に早く感じた
②しかし思い起こしてみると、二週間という時間は意外と長いものである。

僕はこう考える。平日は基本的に一日中勉強のことを考えている。いや休日もほとんどそうだ。そうなりつつある。従ってこの二週間、勉強しかしていなかったという考え方ができる。すると、勉強しているだけで二週間が終わった事になる。これがおそらく原因だ。
同じ期間でも、様々なことをやっていろいろなことを考えて、充実した時間を過ごすと、その時間は起伏に富んだものであり長く感じて、逆にたとえどんなに忙しくて充実していても、同じ仕事、勉強ばかりしていたら、その期間は一続きでつながっていて、起こった出来事が少なくて、結果的に短く感じるのだ。
こう考えると、僕の浪人生活の初め、四月の終わり頃の期間が非常に長かったのも納得がいく。ビデオレターを作るために計画を立てて、さらには実行し、編集の際には勉強よりも熱くパソコンの前に向かっていた、さらに新しい環境に移ったこともあり、そこに慣れるのにも毎日新しい刺激で一杯だった、そんなときは、その時の中を過ごしているときは、自分の中の経験が多様で、長い時間を過ごした気分になる。
小さいころもそうだ。たまに「同じ一年でも、一歳の子供には人生の十割だが、十歳の子供には一割になる。だから一年が短く感じるのだ」などと言われる。僕はそれを信じるところも幾分ある。しかし、結局は一定期間に得た経験の量なのだ。小さい頃は生活全てが発見にあふれていて、多くの経験をしていることになる。様々な遊びもしたし、勉強もした。しかし歳をとるにつれて、生活は規則化されてくる。同じように起き、同じような経験をし、同じように寝る。それが続いても、同じ事が続いただけで、一年でも十ヶ月でも大した違いではない。実際に経験した時間が、感覚の上で圧縮されるのだ。だから子供の頃に比べて、時間はどんどん早く過ぎていくように感じる。

話を元に戻そう。勉強しているうちは、勉強のことしか考えていないため、それが規則となり、時間の「圧縮」が起こる。一方、このブログを書くという行為は勉強とは無関係であり、習慣化もされていない。当然「圧縮」は起こらず、本来の時間の長さをそのまま感じることができる。故に、勉強を基準とした時間と、このブログを基準とした時間で差が生じ、今回のような感覚が生まれるのである。






筆者の主張を百字以内で要約せよ
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2008-06-11-Wed 01:14:17 │EDIT

高校の部活のバーベキューの帰り、藤沢に帰ってきた頃だった。

人生で初めて、新聞の号外なんてものをもらった。内容は全く明るいものではなかったが。
簡単に言えば、秋葉原でキチガイが一騒動を起こして7人を殺した、ということだ。


まずは何よりも愕然とした。
7人、という数字があまりに常軌を逸していて、最初のうちは意味がわからなかった。キチガイとはいえ、人間一人がそんなに多くの命を奪えるものなのか、奪わせて良いものなのか。
一瞬にしていくつもの人生を奪った人間が、今僕がこうやってこの記事を書いている間にも、身の安全を保証されたままふてぶてしく生き続けて良いものなのか。それと何より、死んだ人は、死なれた人は、どうなるのか

そこまで秋葉原には詳しいものではないが、何しろ電化の秋葉原。僕だって何回かは行ったこととがあるし、事件が有った交差点もよく覚えているし、ソフマップ、サトームセン、なんて店もどこにあるかがわかる。

そこで、今回これが起きた。

日曜の昼間、僕だって誰だって、秋葉原に居ておかしくない時間だ。もちろんその7人のうち、死のうとしてそこに来ていた人は誰もいないだろう。「ちょっと出かけてくる」「すぐ帰る」そんなことを言ったまま永遠に帰ってこなくなった人ばかりではないのか
つまり、僕が普通に行動する時間、予備校と家を往復するような時間に、何が起こってもおかしくないのだ。もしかしたら次に同じような事件が起きたとき、死ぬのは僕なのかもしれない。昨日の夜、布団に入ってそんなことを考えると、ぞっとすると同時に、それを運命/不運と言うしかない現実が理不尽で仕方がなかった。

もし自分が急に死んだら。親と玄関先で別れを告げて、二度と帰ってこなかったら。そんなことをたまに考える。
でも今回は、より深く考えさせられた。起こりうる場所、起こりうる時間の話なので、妙に現実味を帯びているから。
死んだ方は運命だったで済ませるしかないし、それで良いかもしれない、というかそう言うしかない。しかし、悲しむのを、恨むのを、悔やむのを、全て残された家族や数少ない友人や…、そんな人たちに任せるなんて僕にはできない

夜道を歩く足取りが、前にも増して警戒強くなったが、警戒していただけで防げるものなのか。そんなことを考えながら今日も帰宅してきた。
今回は本気で、拷問という刑罰を取り入れるべきではないのかと本気で考えた。先にも書いたが、あんな事件を起こして人間が、同じ国の中で、ひょうひょうと生きている事が憎たらしくてならない


さらに腹が立つのは、「アニメやゲームが悪い」だの「犯行に使われたナイフは某のゲームで使われている」だの、完全に頭に虫が湧いているとしか思えない的外れな、単なるプロパガンダに等しい報道をするゴミども。
法務大臣が「相当の報いを受けろ」といった内容の発言をしたことには少し感心したが。どうせ利権ばかりで動く役人はあてにできない

2008-06-04-Wed 01:18:08 │EDIT
タッチパネルを叩くと、マウスでクリックしたのと同じように扱える。

それはそれで便利なのだが、それとバックスペースキーを組み合わせて使うことで、睡眠時間を削って死ぬ気で書いた長い文章をぶちこわすくらいの威力を発揮する。


勘弁してくれよ…泣きたい



もう書き直す気力がないので、次に書くのはそれを忘れてまた体力の残っている夜にします。

もう少しで終わりそうだったのに…。そういえばバックアップを取らないといけないと思ったところだったのに…このヘボパソコンめ。タッチパネルをオフにできないのかよ…

こんなところにぐちぐち書いても消えた文章は戻らないので、明日のために寝ます。おやすみなさい
2008-05-26-Mon 00:47:32 │EDIT
今週は疲れた。模試とかいろいろあったし疲れた。
で、いわゆるmixiというやつに入ることになってみた
別にそこで僕が何をしているかなんて関係ないので省略。もうちょっと言いたいことがある

mixiの制度がなかなか面白い。面白いというのは、気分が良いという含みがあまりなく、興味がある、程度なのだけど、上手くやっているなと思う。
まずコミュニティという、妙に多岐にわたる分類。同じようなものがいくつもある上に本当に些細な事柄に関してもコミュニティがある。これはやっぱり日本人の特徴といわれる「分類したい/されたい」願望が出ているのではないだろうかと思う。人間一般に言えることだが、所属することで安心する。同類が居ることに安心する。そういう心理を上手く突いている。
2ちゃんねるのカテゴリ→板→スレの分類も非常に多いが、それほど重複が少ない。さらにそれは「掲示板」という形式を貫いているため所詮掲示板でしかないし、もともとアングラサイト(今でさえ、外光を浴びていることを嫌うユーザーもいる)であったため、ユーザー層がやはりある程度パソコンを使う人間でないと入り込めない。
一方mixiのほうは、日本でかなり成功している「携帯電話」を味方につけている。料金が一向に安くなった気がしない上に無駄な機能ばっかりつけて料金を高くし、無料無料などといいながら家族しか無料にしない、さらにはiモードなどのイントラネットばかりで世界を膨らませようとし、自由なインターネットにつながせない、ーーなどと僕の偏見を含んだ評判が非常に良くない、その割にはやはりある程度便利な(もちろんそれは、利権で抑えられた不自由な便利)日本の携帯電話。それを味方につける事で、かなりのユーザーを得ているのではないか。2ちゃんねると同等、もしくはそれ以上のコミュニティになっている、そんな気がした。

そして2ちゃんねると対照的なのは、匿名性。その匿名性が故に、どんな事でも自分の責任を隠して発言できる(もちろん2ちゃんねる全てに於いてというわけではないが)のが長所であるか短所であるか、僕はそこに侵されているので長所であると思うのだが、それがなければここまで発展していないだろうし。まあそんなことは良いとして、他人とのつながりというクレジットを前提とする参加で、マイミク、として友達は自分で選べ、という何とも内輪な性質を思いっきり出した、うっすら聞こえるメッセージみたいなものに慣れないのは僕が人間をあまり好まないというのもあるだろうが、でないとしてもやはり少し違和感が残るような気がする。他人のアクセスは常に足跡として残り、完全に内界への侵入として扱われる

まさに、2ちゃんねるを食うか食われるか、自己責任前提の殺伐とした、しかし有益な空間、茂ったジャングルのようなものとするなら、mixiは作られた安全のなかで、他者とのつながりを常に気にしながら自分たちの空間を作り出していくような内界。そんな感じがする

どちらが悪いとか良いとか、僕の場合ではmixiがだめだとか言うつもりは全くないのだけれど、元々ジャングル人に慣れていた僕としては、やはり違和感はある。
逆を返せば、mixiに慣れれば両方の場所に適応できる、コウモリみたいなやつになれる、ということか
まあどうでもいいけど

でもこっちにつまらない日記を書く必要が無くなったとも言える。重いことが思いっきり書ける。たぶんこっちメインはあまり変わらない、はず
2008-05-16-Fri 22:54:49 │EDIT

この年になってくると(ようやく)自分の性格がわかってくるもので、行動を起こすごとに「そうか・・・自分はこういう人間だった」なんて思うことがよくある

これこそ自己満の極みではあるけど、少し書いてみようと思う。
一番根本になっているのは、基本的に食わず嫌いで好きなことしかやらないところ。学校でも勉強でも部活でも生活でも予備校でも、それに基づいて動いてる。
無意識とはいえ、そういう事をするのには何かしら理由があるわけで、たぶん倫理観とか人生の意義とかこれまでの生活環境とか面倒なところにつながってくるのだと思う。
そもそも、僕は楽しいことが好きだ。何かつらいことをするとしても、それが直接自分が楽しめる事につながっていないとしたら一気に意欲が下がる。それではじめに書いたやりたいことしかやらないなんて状況ができてくる。

それと関係があるのかはわからないが、少し考えていることがある。
人間はいずれ死ぬ事になっている。何しろ死亡率は100パーセントだから。どんなに尊敬している人間も、親とか親戚も、最終的には自分も。それをどうとらえるかは自由だが(なので僕は好きなことを言わせてもらう)、いずれ死ぬなら、人生が一度しかないのなら、できるだけ楽しんでおきたい。生きていて良かったと思えるような人生にしたいし、そのような事を味わえてこそ人生に意味が出てくるのではないか。
人の役に立ちたい、とか言う人がいる。結構だと思う。一生という、人間が生きてきた時間や地球の一生よりはホコリみたいな時間の中で、これは人類の都合かもしれないが、人のためになるようなことをして、自分の生きた痕跡を少しでも残せたら素晴らしいとは思う。しかしニュースになったり、新聞に出たり、名が知れ渡ったり、教科書に載ったりする人間はほんの一部、しかも相当なことをしない限り知り合い以外には知られずに普通の人生を普通に過ごして普通に死んでいく。
もちろん人の役に立つようなものすごいことはしたくない、というわけではない。が、それを人生の意義、転じて人の役に立たない人間は生きている意味がないなんて思うようになったらそれこそ人生が終わっている。献身的に人の役に立って、他人が喜んでいる姿を見られればそれで満足、という考え方もきっとあるはず。しかし僕は、それよりはずっとエゴイズムに傾いていて、せっかく生きるなら自分の楽しいことをして自分の満足できる人生にしたい、と思っている。

僕が大人になったとして、自分のではなくても子供がいるとして、人生の意味ってなんなの?なんてヘビーな質問をされたとする。そのときどう答えるかは、少しわかってきた気がする
「大人になればわかる」なんてのは、子供のうちはわからない。まだまだ人生経験が足りないんだと言わんばかり。
「人間は死ぬために生きてるんだ」などというと夢をぶちこわしかねない。
今思うのは「それを見つけるためにこれから生きるんだから、今のうちはやりたいことをやりなさい」と言いたい。
大人の言われたとおりに勉強して、ルールを守って、良い大学に行って歳を取っていくのもそれはそれで面白いことは認める。でも理由付けは全て大人任せで、言われたことをやるだけの人生だったら機械に任せた方が良いのではないか。自分は何をしたいのかそれが明確になるまで、人生のどれだけを費やすかわからないが、それがまだわからない、自分の身を委ねられるものがみつからないうちは、しかもまだ若いので、やりたいことをやっていたい。
というわけで浪人して勉強しているのだが、そこのつながりは次回に書くつもり。

性格の話から話が脱線してしまった。なんやかんや言ったものの、結局は目先のやりたいことしか見えていない、人生を長いスパンで見通すことができない偏狭者なのです。まだまだ青い子供です。


もっとここに書きたいけど時間がないな…。日曜は模試が待っております

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プロフィール
HN:
マギハラユースケ
性別:
男性
職業:
浪人生
自己紹介:
勉強不足のため落ちるべくして落ちた、しがない浪人生
生活のほかに勉強しかしないでいるのも気が狂いそうなので、ブログを始めてみることにした

一年の浪人生活の後、ようやくまともな大学に合格。以降、少し遅れた大学生活を送り始める
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